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あたかも一万年も生きるかのように行動するな。 生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。
マルクス・アウレリウスは『ローマの平和』をもたらした“五賢帝”の最後の人。
哲人皇帝とも呼ばれ、 『真実と正義の中に一生を過ごせ』と説く彼の思想には学閥を超えた世界が広がっている。 『神々を畏れ、人を助けよ。人生は短い。地上生活の唯一の収穫は、敬虔な態度と社会を益する行動である。』 キリスト教に通じる博愛の精神。彼はこの自分の言葉の実践者だった。 軍神でもあったこの哲人は死の床でこうつぶやいたと言う。 『戦争とはこれほど不幸なことか』 |
『身体を鍛錬しない者が身体の諸機能をうまく使いこなせないように、 魂を鍛錬しない者は魂のもつさまざまな可能性をひきだせない』
「健全な精神は健全な肉体に宿る」の先達というべきか。
古代ギリシャの歴史家で軍人、クセノフォンは“心身一如”を説く師・ソクラテスを記録している。 彼は、運動嫌いの弟子をこう諭した。 「人間が行うすべてのことに身体は役立っている。 身体を使うことすべてにおいて、最高の身体能力を発揮できる状態にあることは非常に重要である。 ものを考えるという最も身体を使うことが少ないと思われることでさえ、大きな錯誤は多く、 健康を損ったことから生じたということは広く知られているではないか」 また、プラトンは『饗宴(きょうえん)』のなかで、ある婦人の説を師が引用し、 それを是認するという込み入ったかたちで、こんな“心身一如”を紹介している。 「髪や肉、骨、血、そして身体全体にわたって、ひとはつねに若返ると同時に消滅しているのです。 しかもそれは、肉体だけではなく、魂についても同じなのです。 というのも、態度や習慣、意見、欲望、愉快、苦痛、恐怖など、どれをとっても永続するようなものはなく、 生じては消えてゆくのですから」 こうした師の教えをクセノフォンは冒頭のようにまとめた。一方、ソクラテスはこんなことばも残している。 「善と美を学び、身体の鍛錬や家政の切り盛りを習得し、友人や国家のために尽くす。最高のもうけものであり、 最高の愉快ではないか」 【クセノフォン】:クセノポンまたはクセノフォン、クセノポーン(Ξενοφ?ν、Xenophon、紀元前427年?-紀元前355年?) 古代ギリシアの軍人、著述家。アテナイの騎士階級の出身。ソクラテスの弟子。 |
順位 | 概略人口(人) | |
@ | インド | 14億3千万 |
A | 中国 | 14億3千万 |
B | アメリカ合衆国 | 3億4千万 |
C | インドネシア | 2億8千万 |
D | パキスタン | 2億4千万 |
E | ナイジェリア | 2億2千万 |
F | ブラシル | 2億1千万 |
G | バングラデシュ | 1億7千万 |
H | ロシア | 1億4千万 |
I | メキシコ | 1億3千万 |
J | 日本 | 1億2千万 |
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。 驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。 猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ 祇園精舎にある鐘の音は、諸行無常の教えを唱えるかのごとくに鳴り響きます。 釈迦入滅の時に白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、 あたかも盛者必衰の道理を表しているかのように思えます。 驕り高ぶった人も、いつまでも驕りにふけっていることはできません。 それはあたかも春の夜の夢のように儚いものです。 勇猛な者でさえついには滅びてしまうものです。 それはあたかも風の前の塵のようなものです。 平家物語は十三世紀初頭に生まれ、琵琶法師たちによって語り継がれて流布した口伝の実話物語です。 語られている内容は平安朝末期の治承(1177)から寿永(1185)年代前後にわたっています。 全13巻に登場する人物の総数は千人を越えており、それぞれが背負っている宿命と戦いながら 生き抜いた様が克明に描かれています。 |